CRM|ホンモノのCXを考える~顧客関係管理と顧客体験~

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CRM|ホンモノのCXを考える_顧客関係管理と顧客体験_

第1回:顧客関係管理と顧客体験
第2回:CRMの基礎知識
第3回:CRM導入を成功させる秘訣

CX(カスタマーエクスペリエンス=顧客体験)という言葉を知っていますか?

消費者のニーズが多様化する中、商品・サービスの差別化が難しくなってきました。
一昔前なら、競合製品よりも安く、高機能なものを市場に出せば顧客を獲得することができたでしょう。しかし、価値観・ニーズの多様化、技術の進歩・コモディティ化により、ただ安く、高機能なだけでは差別化に繋がりません。

なぜスターバックスに行くのでしょうか?
なぜiPhoneを使うのでしょうか?

スターバックスよりも安くて美味しいコーヒーも、iPhoneより安くて高性能なスマートフォンもあります。それでも消費者の多くはスターバックスへ行き、iPhoneを選びます。
その理由が「CX」です。

今回は全5回にわたって、CX(顧客体験)と、それを実現する戦略としてCRM(顧客関係管理)について考えていきたいと思います。
CXの例としてはAppleやスターバックスなど世界的大企業が多く上げられます。しかし、この連載では中小企業が実践できるCXを目指します。

第1回となる今回は、そもそもCXとは何かというところから見ていきたいと思います。

CXとは|顧客体験を表す3つのレベル

CXとは|顧客体験を表す3つのレベル
CXは、商品・サービスの価格や機能といった物理的、定量的な価値だけではなく、それらを通して得られる満足感や充実感、喜びといった感情的な側面、それらを統括した体験や経験を表す概念です。
以前は「ブランディング」という言葉が一般的でした。しかし、消費者の価値観が多様化したことにより、単に「ブランディング」では足りなくなり、より幅広い意味を持たせてCXという言葉が広がっています。
また、「顧客満足度」とも少し違う表現です。顧客満足度とは、「いかにトラブルを防ぐか、いかにお客様に気持ちよく対応するか」といった部分的な意味しか持ちません。

一方、CXは消費者が商品・サービスと接触し興味を持った時点から、購入し利用し続けるまでのすべての接点と、それに対する体験、評価を表します。

また、CX以前の考え方である「カスタマーサポート」「カスタマーサクセス」という言葉もあります。
CX(カスタマーエクスペリエンス)とCS(カスタマーサポート、カスタマーサクセス)は、どれも企業と顧客の関係性を表す言葉です。しかしこれらは考え方が大きく異なります。

カスタマーサポートは、顧客からの問合せに対し、迅速・正確に回答することが役割です。顧客に対してどう対応するかという、受動的な活動です。
カスタマーサクセスは、顧客の成功をサポートします。顧客がトラブルに困って電話をかけてくるのを待つのではなく、能動的に顧客の課題を解決し、商品を通じた成功体験を助けます。
そして、カスタマーエクスペリエンスはより広い概念です。商品購入前から利用中、口コミで友達に紹介するとき、解約するとき、顧客が体験するすべてにおいて“顧客の予想を上回る体験を与える”ことを目指しています。

家具を購入するシーンを想像してみましょう。顧客は自分の家にどんな家具が合うのか、明確には分かりません。「どんな家具がいいのかわからない」という課題に対して、サイズや色をわかりやすく書いておくだけでは不十分です。
そこで、多くの家具メーカーは商品を陳列するのではなく、モデルハウスのようにスタイリングされた状態で見せるようになりました。これで自分の家に置かれたとき、どのように見えるかイメージしやすくなります。しかし、このレベルではまだカスタマーサポート、カスタマーサクセスの領域です。

家具メーカーのIKEAはこの課題を解決するため、ARを使ってバーチャルで自室に家具を置くことができるアプリを開発しました。顧客はもう店舗を訪れる必要もなく、自分の家で、スマホを通して最適な家具を見つけることができるようになりました。

CXが与える効果

CXが企業に与える影響には、口コミを起点とした新規顧客の発掘や営業コストの削減など、様々なものがあります。
しかし、本質的には「競争からの脱却」と「顧客継続率の向上」の2つになると考えています。

競合との差別化、競争からの脱却

CXは機能や価格といった代替可能な特徴とは全く違う価値です。iPhoneを超える性能のスマートフォンが登場してもiPhoneを使い続けるのは、機能や価格ではない価値を感じているからです。
類似商品やサービスが多くあっても、「御社から買いたい」といってもらえることは、良い顧客体験を与えられている証拠です。逆に、価格や機能で上回らないと購入してもらえないなら、立ち止まって顧客体験について考えてみるべきでしょう。

コーヒー業界のポジショニングマップイメージ

コーヒー業界のポジショニングマップイメージ。スターバックスは品質と味で差別化しているわけではない。

こちらはコーヒー業界のポジショニングマップです。スターバックスのコーヒーは高級ホテルや品質にこだわった喫茶店より味は落ちるものの、一般的なコーヒーショップよりは美味しく、金額も相応といったところです。品質が圧倒的というわけでも、金額が非常に安いわけでもありません。
スターバックスが行ったことは、オシャレな雰囲気、店内Wi-Fiと自由に使えるコンセントなど、まさに体験による差別化です。スターバックスは金額と品質の2軸でみたポジショニングマップにすると特徴がありませんが、「体験」という第3軸を足すと圧倒的にユニークな存在になります。

消費者はコーヒーが飲みたいとき、一般的なコーヒーショップとスターバックスのどちらにしようか迷うことはほとんどありません。「体験」という第3軸によって、スターバックスは競争から脱却しています。

顧客の継続率向上、顧客単価の向上

またスターバックスの例で見てみましょう。スターバックスには「スターバックス・リワード」というプログラムがあります。スターバックスアプリに登録すると、スターバックスでコーヒーを飲むたびにスター(ポイント)が溜まります。
ここまではどこの企業でもやっている通常のポイントプログラムですが、スターバックスはもう一歩進んだ顧客体験を提供しています。
新商品をいち早く試せるチケットや、事前に注文してレジに並ばずに商品を受け取る権利、コーヒーアンバサダー観衆のセミナーへの参加やオリジナルグッズのプレゼントなどです。
こうしてみると、ただポイントで安く利用できるのではなく、スターバックス好きがさらにスターバックス好きになるための工夫が分かります。

一般的に、新規顧客獲得は既存顧客維持の5倍のコストがかかるといわれています。継続率向上、顧客単価の向上は重要なテーマです。

無印良品はただの家具・雑貨店ではありません。“暮らし方の提案”を行うCX企業です。「くらしの研究所」では様々なコンテンツがあり、家具や雑貨にとどまらず、暮らしのあらゆる提案が発信されています。
また「IDEA PARK」では「あったらいいな」「商品の改良」など様々な要望を顧客が投稿できます。数々の投稿に対し、ユーザー同士が議論したり、時には無印良品から「発売しました」と報告があったりします。
こうしたコミュニケーション、顧客発信の商品開発は、多くの企業がやった方がいいとは思いつつもできていない取り組みですね。

ユーザーとのコミュニケーションによる顧客体験

無印良品くらしの研究所にある「IDEA PARK」では、顧客が様々なリクエストを上げている。もちろんすべてを実現するわけではないが、こうしたコミュニケーションは顧客と企業の関係を強固にする。

CXに影響する5つの要素

CXの効果を紹介したところで、具体的にCVとは何なのかを見てみたいと思います。CXは顧客と企業の関りの中で生まれる「心理的な価値」です。
この「心理的な価値」とは何なのか、アメリカの経営学者バーンド・H・シュミットはは5つに分類しています。
バーンド・H・シュミット氏は1999年に出版した本の中で「経験価値」というCXに繋がる概念を提唱しました。

SENSE(感覚的な経験価値)

視覚・聴覚・触覚・味覚・嗅覚といった5感を通して顧客が体感する価値を「SENSE(感覚的な経験価値)」といいます。スターバックスの例でいえば、店内のデザインや室温、BGM、そしてコーヒーの味と香りが該当します。それらすべてがスターバックスという特別な空間を作り、感覚的な経験価値を提供します。

FEEL(情緒的な経験価値)

顧客の内面的な感情に働きかけて生み出す価値を「FEEL(情緒的な経験価値)」といいます。ディズニーランドや一流ホテルなどは、感覚的な価値だけでなく、接客、ホスピタリティで顧客に価値を提供しています。
ディズニーランドには、子どもが病気になって急遽ホテルをキャンセルすることになったとき、通常キャンセル料をいただくルールがあるにもかかわらず、キャンセル料を取らなかったり、結婚指輪を無くしてしまったお客様のために、スタッフ全員で探し出したりといった逸話が多くあります。
ちなみに、結婚指輪を探すときスタッフがいちばん意識したことは、探していることがばれないようにふるまうことだったそうです。スタッフ総出で対応しているとなれば負い目を感じてしまいます。顧客の要望を満たすだけではない最高の顧客体験の例です。

THINK(創造的・認知的な経験価値)

商品・サービスや企業のコンセプトなどを前面に押し出し、顧客の知的好奇心や探求心を刺激して感じる価値を「THINK(創造的・認知的な経験価値)」といいます。
古い例でいうと、Appleの「Think different」があります。このプロモーションで、Appleは製品の機能やメリットを一切伝えず、ただメッセージだけを伝えました。顧客は知的好奇心を刺激され、このメッセージにかかわる一員になりたいと感じます。これもAppleが提供する顧客体験の例です。

ACT(肉体的な経験価値とライフスタイルに関わる価値)

今までにない体験を提供することで、顧客の行動やライフスタイルに変化が起こることを「CT(肉体的な経験価値とライフスタイルに関わる価値)」といいます。スポーツやアウトドアといったアクティビティ、就職・結婚などライフスタイルにかかわる体験では重要な価値です。
日本最大級のレジャー予約サイト「asoview!(アソビュー)」はオンラインサービスですが、顧客体験はオフラインが中心になります。そこでユーザーに対する徹底的なヒアリングを行い、体験を共有する「asoview!GIFT」、レジャー施設向けの予約管理ツール「satsuki」など関連サービスを充実させていきました。

RELATE(関わる集団や文化の中での交流)

顧客に特定の集団や文化に所属している感覚を持ってもらうことで、所属意識や自尊心を高めたり、特別感といった価値を提供することを「RELATE(関わる集団や文化の中での交流)」といいます。
これまで例に挙げたいくつかのCX事例は、どれもユーザー間のコミュニティがあります。こうしたコミュニティに所属すること自体が価値となります。品質や機能性、価格は真似できても、コミュニティを真似することはできません。コミュニティによるCXは非常に強固な関係性を築きます。

CXが求められる理由「モノからコトへ」「所有から利用へ」

顧客体験-シェアバイク

シェアリングエコノミーの一種、「バイクシェアサービス」は中国で人気となり、都市が小さい日本でも普及し始めている。自転車は購入するものから「借りるもの」に価値観が変わってきた。

上記のような経験価値は1999年から提唱されています。しかし、最近になってCXが注目されはじめた理由は、消費者の価値観・消費スタイルが変化したためです。
モノからコトへ」「所有から利用へ」という言葉を聞いたことがあるかもしれませんが、まさにCXが重要視される価値観の変化です。

「モノからコトへ」という変化は、製品のコモディティ化によって進みました。一昔前、メーカーによって品質の差が大きく、消費者は信頼のおけるメーカーから購入することが重要でした。しかし今では、外国産の安いブランドも国産の高級ブランドも性能としては大きく変わりません。
「何を買ってもある程度満足できる」製品ばかりなのです。

体重計など健康機器を販売するTANITAは「モノからコトへ」という価値観の変化を受け、「タニタ食堂」という健康機器とは全く異なる市場の飲食ビジネスを始めました。TANITAが売るのは健康機器ではなく「健康になる体験」だという明確なメッセージです。

「所有から利用へ」を象徴するサブスクリプションサービス

「所有から利用へ」を象徴するサブスクリプションサービス、その代表格であるネットフリックス。月額制のため利益が安定し、長期的な視点で商品開発が行えるうえ、豊富なユーザーデータが計測できるため、従来の映画の楽しみ方を大きく変えた。

「所有から利用へ」という変化はより身近に感じられるかもしれません。CDを購入する(所有する)時代は終わり、SpotifyやAmazonMusicで聴く時代になりました。映画もDVDを購入するのではなくネットフリックスで観る時代です。
こうしたサブスクリプションサービスは、インターネットの進歩によって様々な業界に広がっています。自動車業界でもカーシェアが普及し、掃除機でもルンバのサブスクリプションが始まりました。
これまでは「売ることがゴール」だったのに対し、「所有から利用へ」の価値観では「売ってからが始まり」です。従来の営業・マーケティング戦略や、問題解決型のカスタマーサポートでは通用しません。

この変化は技術発展のスピードと産業のデジタル化が主な要因です。次々新しい技術が出てくる現代では、同じ車を10年持ち続けるメリットはあまりありません。2年レンタルして最新のものに乗り換えたほうが合理的です。また、企業側にとっても利益が安定する、データが溜まりやるいといったメリットがあります。

CXは概念、CRMは戦略

これまでCX(顧客体験)について紹介してきました。ではCXのためにどんな取り組みができるでしょうか。多くの企業にとってAppleのような世界的なブランディング戦略は現実的ではないでしょうし、スターバックスのように体験軸を持ったポジショニング戦略、ネットフリックスのように業界の価値観を一変させるサービスを提供することも簡単ではありません。

そこで重要になるのが「CRM=カスタマーリレーションシップマネジメント=顧客関係管理」です。
CRMはすべての企業がCXのために使える戦略です。CRMというと、いわゆるCRMツールをイメージするかもしれません。しかし、CRMはツールではなくビジネス戦略、考え方です。

ガートナー社では、CRMを「顧客セグメントを中心に顧客満足度が向上する行動を推進し、顧客中心型のプロセスを実装することで形成される収益性、売り上げ、顧客満足度を最適化する成果をもたらすビジネス戦略」と定義しています。

難しいことを言っていますが、つまりはCXを高めるための戦略がCRMということです。顧客との関係を管理することで、顧客のニーズを吸い上げ、顧客中心のプロセスを構築する。まさに多くのCX企業が実践していることです。
これからCRMをもっと深堀氏、具体的に何ができるのか、どういったツールがあるのか、どのように利用するのかを学んでいきたいと思いますが、この定義を知っておいてください。

第1回:顧客関係管理と顧客体験|まとめ

今回は「CRM|ホンモノのCXを考える」シリーズ第1回として、CXとは何かを紹介しました。
CXは概念的なので自社でどう実践するのか、あまりピンとこないかもしれません。しかし、CRMは顧客と企業の関係性を築く戦略です。これからCRMを具体的に学ぶことで、自社でどのようにCRMを行うか、そしてどうやってCXを築くかが明確になってくるはずです。

CXは消費者向け大企業のものだけではありません。BtoB企業、中小企業でも重要です。技術力や価格戦略が通用しにくくなったからこそ、CXで選ばれる必要があります。

<第2回~ CRMの基礎知識~に続く>

第1回:顧客関係管理と顧客体験
第2回:CRMの基礎知識
第3回:CRM導入を成功させる秘訣