広告取引員会「cookie規制」を検討|Web広告への影響と規制への道のり

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広告取引員会「cookie規制」を検討|Web広告への影響と規制への道のり

2019年10月29日、広告業界に大きなインパクトを与えるニュースがありました。
公正取引員会がwebの基本技術である「cookie」の利用規制を検討しているというものです。

Web広告を支える4つの仕組みという記事で詳しく紹介しましたが、cookieはWeb広告を支える非常に重要な仕組みです。
もしも公正取引委員会がcookieの利用規制を実行したら、企業のマーケティング活動に大きな影響を与えるでしょう。

今回は、公正取引委員会が検討しているcookie規制の内容と、そもそもcookieとは何なのか、cookieの規制に至るまでに何があったのか、そしてcookieが規制された後Web広告はどうなるのかを見てみたいと思います。

公正取引委員会ががcookie規制を検討

以下、朝日新聞デジタルの発表内容を引用します。

公取委は8月末、「プラットフォーマー」(PF)と呼ばれる巨大IT企業などが個人情報を利用者の同意なく収集すれば、独禁法が禁じる「優越的地位の乱用」とみなすなどとしたガイドライン案を公表。杉本和行委員長は、規制対象になる個人情報を「現在の個人情報保護法の規定よりも、幅広くとらえる必要がある」と話している。

氏名などは記録しないクッキーは、単独では個人を特定できないため現在は個人情報保護法の対象にはなっていない。しかし、ほかの情報と結びつければ個人を特定でき、利用者のウェブ上での行動を追跡できる。最近では、就活情報サイト「リクナビ」を運営するリクルートキャリアが、就活生に無断で内定辞退率を算出・販売していた問題でも、当初はクッキーを使ってネット上のデータを集めていた。

杉本委員長は「集めた情報を何に使うか明確にし、その目的以外に使っていないか透明性を図る規制がいる」と指摘。クッキーに加え、スマートフォンなどに記録される位置情報も規制対象にする方向だ。
引用:朝日新聞デジタル

cookieとはそもそも、Webサイトを訪問したユーザーの情報を一時的に保存する仕組みです。具体的には入力したID/PWの情報やメールアドレス、訪問回数などが保存されています。以前ログインしたWebサイトにログインする際、ID/PWが最初から入力されていたり、ショッピングカートに入れた商品がそのまま残っていたりするのもcookieによるものです。

上記朝日新聞デジタルの記事ではcookieの仕組みが図解されていますが、若干キャッシュとごっちゃになっている感じがあります(Web制作・マーケティングに直接かかわらないのであれば、キャッシュとcookieの違いを正しく知る必要もないと思いますが…)。

cookieはWeb広告のターゲティング、ECサイトなどでよく利用されるダイナミックリターゲティングなど様々な場面で活用されています。
発表によるとスマートフォンの位置情報も規制対象になるとのことです。最近、利用機会が増えてきているジオターゲティングも規制されるとなると、影響範囲は計り知れません。

実際、経団連は「多くの企業に影響が出かねず、経済の発展を阻害する」と猛反発しているようです。

最近、cookieが大きく取り上げられたニュースがありましたね。そのニュースに加え、cookieが規制されるようになった背景として、いくつかのトピックを紹介します。

cookieが規制される背景

GDPRの施行

GDPRは2018年5月から施行されたEU圏の法律。以来、「このサイトはcookieを使用しています」というポップアップを表示したり、「cookieポリシー」ページを用意したりするWebサイトが増加した。

GDPRは2018年5月から施行されたEU圏の法律。以来、「このサイトはcookieを使用しています」というポップアップを表示したり、「cookieポリシー」ページを用意したりするWebサイトが増加した。

cookie規制と聞いて真っ先に思い浮かぶのはGDPR(EU一般データ保護規則)ではないでしょうか。
GDPRとは、2018年5月から施行されている、EU内の全ての個人のプライバシーを守るための規則のことです。人種や国籍は関係なく、EUの領域内に居る全ての個人が、GDPRの保護の対象とされます。
GDPRが規制するのは、ユーザーIDやメールアドレスといった個人情報に加え、cookieやIPアドレスなども対象になっています。

GDPRが大きな話題になったのは、GDPRが初めて「cookieは個人情報(厳密には個人データ)である」とした規則だからです。これまでもcookieについていろいろな議論がありましたが、個人情報として保護すべきかどうかは微妙なラインでした。

eプライバシー指令とeプライバシー規則

eプライバシー指令は2002年に欧州員会に採用された法令です。それを一歩進めた形として現在eプライバシー規則の提案が進められています。
eプライバシー指令には取得したCookie等の利用目的を開示し、広告・マーケティングなど特定の目的で利用する場合は、事前にサイト訪問者・アプリ利用者から同意を得なければならないと定められています。これは今では当然のことですが、cookie規制は2002年のeプライバシー指令から始まったといってもいいかもしれません。

現在立法化が進められているeプライバシー規則は電子通信サービスでのcookie取り扱いをさらに規制するものになるとされています。eプライバシー規則はGDPRよりも厳格なものである可能性が高く、欧州雑誌メディア協会、欧州ダイレクト&インタラクティブ・マーケティング連盟など広告関連の団体が抗議しています。
cookie規制で影響を受けるのは、ターゲティング広告により新規顧客の獲得が必要な中小企業です。そのため、中小企業に不利で、すでに圧倒的な利用者がいるプラットフォーマーに有利な法案だと主張しているようです。

実際、現状の広告技術のままcookie規制が実行されたら、Web広告を通じて顧客を獲得していた企業は規模を縮小することになるでしょう。
また、現在多くのWebサービスが無料で利用できるのは、広告収益によるものです。cookie規制により広告主が減ると、多くのWebサービス・メディアは収益化できず閉鎖することになるでしょう。良し悪しはともかく、eプライバシー規則は今のWebサービスとの付き合い方を大きく変える可能性があります。

eプライバシー規則はEU圏が対象のものですが、こうした先行法案をもとに日本や他の国が同様の規制を整備する可能性があります。EUに商圏を持つ企業はもちろん、ほとんどの企業にとって、アンテナを張っておいたほうがいいでしょう。

Googleがcookie制限機能の強化方針を発表

Appleが提供するブラウザ「Safari」はcookie規制に対する姿勢を明確にしている。Safariのプライバシーページには「ほかの検索エンジンのようにCookieやあなたの正確な位置情報を共有することはありません。」と明記している。

画像:Apple  Appleが提供するブラウザ「Safari」はcookie規制に対する姿勢を明確にしている。Safariのプライバシーページには「ほかの検索エンジンのようにCookieやあなたの正確な位置情報を共有することはありません。」と明記している。

全世界でシェアを握っているブラウザ「Google Chrome」を提供するGoogleは、2019年5月7日に「当社は今後、Chromeにおけるクッキーのはたらきを変更していき、デフォルトでプライバシーとセキュリティをより高いものにする」と発表しました。
その少し前にはAppleがWebKit ITP 2.1を発表しました。これはこれまで半永久的に有効だったcookieの有効期間をSecure属性とHttpOnly属性のないに限り7日間にするというものです。
具体的にはJavaScriptで生成しているcookieに有効期限が付くということなので、Googleアナリティクスのデータやリマーケティングなど広告トラッキングに対して制限が入ります。

Googleが発表した今後のcookie規制について、具体的には分かりませんが「明確な同意が得られない場合、ドメインが異なるサイト間でcookieが機能することを禁止する」というものになるようです。
これがどういうことかというと、特定のサイトでのログイン情報やECサイトのカード情報はcookieで保持されるものの、他サイトの閲覧情報をもとにしたターゲティングが非常に難しくなるということです。
これもまた、すでに多くの利用者がいるプラットフォーマーに有利で、新規顧客を獲得していかなければならない中小企業に不利だという意見があります。

ブラウザのこうした規制は世界的共通の流れで、Google Chrome、safari、firefoxなど主要なブラウザがcookie規制の姿勢を公表しています。

リクナビの不祥事にcookieが関与

公正取引員会がcookie規制を発表したことにきっかけを与えたとされる事件が、リクナビの内定辞退率の販売です。
リクナビは2019年3月より「リクナビDMPフォロー」というサービスで、企業から内定辞退率のリストを受け取り、内定辞退率を予測するアルゴリズムを作成し、ターゲティング広告に利用しました。
就活生の同意なしに個人情報を販売したことが法律違反だと問題になり、個人情報保護委員会に改善勧告を受けたことが全国的なニュースになりました。

リクナビはこのターゲティング広告を販売するため、学生にアンケートを実施し、学生を識別するcookieを入手していました。リクナビはこうしたターゲティング広告のデータにcookieを利用すると明示していなかったため、独占禁止法に抵触するとされ、問題になりました。

この問題の本質はcookie云々ではなく、活用されたデータが及ぼす影響の大きさと、影響する対象者です。
これは過去のリクナビや関連サイトでの行動履歴と、前年の事態リストなどを組み合わせ、内定辞退率を予測するというものです。
非常に単純化して乱暴な言い方をすると、「去年辞退した人と似たような行動をしているから、この人も辞退する可能性が高いよ」というデータを企業に提供していたわけです。
実際に何度も内定辞退を繰り返す人のリストならまだしも、まだ内定辞退していない人が、勝手に「内定辞退しそう」とラベリングされるのはかなり問題でしょう。

もっとも、企業にとって内定辞退はかなりのコストが無駄になることなので、内定辞退しそうな人を早めに断れるというのはかなり魅力的でしょう。
リクナビ事件はcookie問題だけでなく、就職市場の課題といえそうです。

cookieとともに語られる「独占禁止法」とは?

cookieはデバイス事態に保存され、対象のWebサイトでしか読み込めません。そのため、cookieに記録されているログイン情報が流出するといったことはほとんどないといっていいでしょう。

では、EUを中心にcookie規制が進むのはなぜなのでしょうか?
国により事情は様々ですが、今回はcookie規制とともに語られる「独占禁止法」に注目してみましょう。

「独禁法」とも略される独占禁止法ですが、正式には「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律」といいます。この法律の目的は公正かつ自由な競争を促進し,事業者が自主的な判断で自由に活動できるようにすることとされています。

独占禁止法にはいくつかのカテゴリがあり、公正かつ自由な競争を促進し、消費者の利益確保や経済の発達を目的としている。

画像:公正取引委員会 独占禁止法にはいくつかのカテゴリがあり、公正かつ自由な競争を促進し、消費者の利益確保や経済の発達を目的としている。

例えば、小規模なシャンプーメーカーAが革命的なシャンプーを開発したとします。そのシャンプーは原価も安く、トリートメント、リンス、コンディショナーすべてを兼ね備えており、売り出せば市場を席巻することは間違いありません。
この時、大手シャンプーメーカーBがこのメーカーAに圧力をかけたとします。実はメーカーAはメーカーBの下請けで、売り上げの80%がメーカーBへの納品物によるものでした。メーカーBはその新しいシャンプーの開発をやめないと、メーカーAへの発注を取りやめるといってきたのです。
新しいシャンプーを発売すればメーカーBに頼らず売り上げを伸ばすことができますが、メーカーBからの発注がないと新しいシャンプーを売り出す前に資金がショートしてしまいます。
そのため、メーカーAはなくなく新しいシャンプーの開発を中止しました。

これは完全に独占禁止法にあたります。消費者によってよりよい商品を提供する機会が阻害されており、独占禁止法の中でも「優越的地位の濫用」や「下請法違法」にあたるでしょう。

cookieが問題視されているのも、この「優越的地位の濫用」にあたる可能性があるためです。
データがどうつかわれるにせよ、ほとんどの就活生はリクナビを使わざるを得ません。たとえ内定辞退率が提供されてしまうとしても、リクナビに登録しないと終活の土台に載ることができないからです。
独禁法では、利用者と提供者のいびつな力関係を「優越的地位」と呼び、その立場を使って利用者の不利になるような取引が発生することを禁止しています。

2019年8月、公正取引委員会は「デジタル・プラットフォーマーと個人情報等を提供する消費者との取引における優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方(案)」を発表しました。

公正取引委員会-デジタルプラットフォーマーと個人情報等を提供する消費者との取引における優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方(案)

画像:公正取引委員会 公正取引委員会-デジタルプラットフォーマーと個人情報等を提供する消費者との取引における優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方(案)

「個人情報」ではなく「個人情報等」と書いています。この「個人情報等」にはcookieなど、現在個人情報といわれていないものも含まれているでしょう。

経団連はcookie規制が経済の発展を阻害すると反発しています。確かに、広告やビジネスの観点からするとcookieは宝物なので、規制されると困ります。しかし、cookieが一部のプラットフォーマーに集約され、寡占状態にあることも確かです。

cookieが規制された後のWeb広告

cookieが規制された後、Web広告はどうなるのでしょうか?
現在のWeb広告の多くはcookie頼りといっていいでしょう。ターゲティングにより適切なユーザーに広告を配信し、興味を持った人をリマーケティングでクロージングする。この流れにはcookieが必要不可欠です。

これは完全に私見ですが、cookie規制の流れが進んでも、Web広告への影響はターゲティングの仕方に変化がでる程度と思います。

というのも、GDPRが施工されたときのEU圏でも、ポップアップでcookie利用に同意させる事例が増えただけでそこまで極端な変化は見られなかったからです。
これは規制の力が弱かったというよりも、ユーザーの感覚が大きいと思います。多くのユーザーはcookieを使って最適化されたサービスに慣れ親しんでいるため、cookie利用をいちいち拒否することはあまりありません。誰もがスマホを使いこなす今、多くのユーザーがcookieを使われたくない時にはプライベートモードに切り替えます。
こうした文化が出来上がってきた以上、規制ができても企業がcookieポリシーを明確にするだけで、大きな変化はないかもしれません。

ただし、サードパーティcookieと呼ばれる外部データを主に使っているDMPはより大きな影響があるでしょう。

ログリーがcookieを使わないターゲティング方法で特許取得

そんな中、cookieに頼らないターゲティング方法が期待されています。ネイティブ広告「LOGLY lift」を提供するログリー株式会社は、2019年5月にcookieを利用しないターゲティング技術で特許を取得しました。

cookieを用いず、デバイス情報や日時、URLなどをもとにAIがユーザーの属性を判断

画像:ログリー cookieを用いず、デバイス情報や日時、URLなどをもとにAIがユーザーの属性を判断

開発の背景としては、cookie規制の流れによりcookieによるトラフィックが減少していることがあります。
ログリーが開発した技術は、cookieをまったく利用せずにWebページのアクセス情報からユーザーの性別・年齢などのデモグラフィック情報、そして興味・関心などのサイコグラフィック情報を推定するもので、まさにcookieターゲティングの代わりになりうるものです。
この技術は「SYNAPSE D-engine」と呼ばれ、2019年10月2日に「LOGLY lift」に搭載されました。
現在はまだ「男性/女性」という初歩的なターゲティングしかできませんが、今後は年齢や興味関心などが利用できるように構築していくとのことです。

cookieとWeb広告の今後

ログリーが開発したcookieを利用しないターゲティング技術はまだ始まったばかりです。ログリーが持つネットワークでしか利用できず、実際に利用できるのは性別ターゲティングのみなので、今後どうなるかは分かりません。
こうしたcookie以外のターゲティング技術が広がるか、個人情報保護と事業成長の両方の観点からちょうどいい折り合いをつけてcookieが使われ続けるのか、どちらにせよWeb広告は変化していくでしょう。

cookieは非常に便利な技術で、cookie自体がなくなることはほとんど考えられません。
おそらくはファーストパーティcookieを軸にターゲティングを行い、現在サードパーティcookieで行っている部分をログリーが開発したような新技術で補われていくのではないでしょうか。

2011年ごろにDSP広告が登場し、Web広告が大きく進歩しました。それから10年弱、cookie規制やユーザーのプライバシー意識の変化により、またWeb広告が大きく変わろうとしています。

広告主はターゲティング広告を求め、メディアが広告費を求める以上、何らかの形でターゲティングする仕組みは今後も生まれ続けるでしょう。
ログリーに限らず、水面下でcookie以外のターゲティング方法を模索している企業は多いはずです。こうした新しい仕組みにいち早く気づき、適切に活用することが求められてくるでしょう。