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2020年3月11日、毎年のように電通から「日本の広告費」に関する発表がありました。今年の発表を心待ちにしていたWebマーケターも多いのではないでしょうか。
2018年の日本の広告費は総額6兆5,300億円と前年比102.2%で成長しており、テレビCMが1兆9,123億円(地上波テレビは1兆7,848億円)、インターネット広告費が1兆7,589億円でした。テレビCMの出稿費が減少する中、インターネット広告費は二ケタ成長を続けているため、2019年はテレビCMを追い越し、日本企業の主流なプロモーション手法になると期待されていたためです。
今回は電通が発表した「2019年 日本の広告費」から、インターネット広告に限らず日本の広告投資について考察していきたいと思います。
インターネット広告費がテレビCM出稿費を追い抜く
2019年はテレビCMの出稿額1兆8,612億円に対し、インターネット広告費が2兆1,048億円となりました。インターネット広告がテレビCMを追い越すのは時間の問題といわれていましたが、ついに実現した形です。インターネット広告にはcookieとプライバシーやアドフラウドなど様々な課題がありますが、有効なプロモーション手段として選択されているようです。
2019年 日本の広告費 基本事項
今回新しく追加された項目もあるので、改めて日本の広告費の内容を見ていきたいと思います。
まずはそれぞれの項目の内容を理解したうえで、全体を考察してみましょう。
- 総広告費…日本市場で投資された広告費また広告制作費の合計投資額です。
- マスコミ四媒体広告費…新聞、雑誌、ラジオ、テレビメディアからなるマスコミ四媒体に投資された金額です。内訳としてはテレビメディアが圧倒的に多く、地上波テレビと衛星メディア関連に分けられます。地上波テレビは民間放送と国営放送からなる一般的なデジタル放送で、衛星メディアはBSやCSが該当します。
- インターネット広告費…インターネット環境に投資された広告費です。マス四媒体由来の広告費は、日経電子版等のように電子化されたマス四媒体への広告費を表します。今回新たに「物販系ECプラットフォーム広告費」という項目が追加され1,000憶円以上が投資されています。「物販系ECプラットフォーム広告費」は、生活家電・雑貨、書籍、衣類、事務用品などの物品販売を行うECプラットフォームへ出店している事業者がECプラットフォームに投資した広告費と定義されています。
- プロモーションメディア広告費…屋外広告や交通広告、折込チラシなど特定媒体以外のプロモーション手法の総称をプロモーションメディアといい、それに投資された広告費です。「展示・映像ほか」という項目が2019年は「イベント・展示・映像ほか」と改定されています。新たに追加された「イベント」で1,803億円となっています。「イベント」は販促キャンペーン、ポップアップストア、スポーツイベント、PRイベントなどの製作費と定義されています。
各項目の詳細な定義などはこちらの画像をご覧ください。
2019年 日本の広告費を俯瞰すると、大きく次のことがいえると思います。あくまでも発表された図を見て言える事なので、より詳細な考察は後述します。
- テレビCMをインターネット広告が追い抜く…長年日本企業の主要なプロモーション手法であり続けたテレビCMを、2010年頃から増え始め二ケタ成長を続けるインターネット広告が追い抜いたことは注目すべき点です。YouTubeをはじめとする動画広告では「WebCM」という考え方も出ており、今後さらに様々な役割でインターネット広告が活躍するとみられます。
- マスコミ四媒体の影響力の低下とデジタルシフト…広告投資額の減少が続くマスコミ四媒体ですが、マス四媒体由来のデジタル広告費は増加しています。特にテレビメディアのインターネット広告は150億円と少ないものの前年比5倍と大きな伸びを見せています。マスコミ四媒体の影響力は低下しているかもしれませんが、こうしたメディアも着実にデジタルシフトを進めていることが分かります。
- 全体の投資額が上がっているようにみえるが実際は横ばいの可能性…2019年の広告費は2018年比で106.2%でした。2017年と2018年の比較では102.2%なので、広告投資が活発になっている印象があります。しかし、今回新しく追加された項目の「物販系ECプラットフォーム広告費」1,064憶円と「イベント」1,803憶円を省くと、2019年日本の広告費は総額6兆6,514億円となり、2018年比で101.9%と成長が鈍化していることがうかがえます。
日本の広告費 考察
それでは、ここから電通の発表をもとに、より細かな点を見ていきたいと思います。電通は日本の広告市場を正確に把握するために毎年「日本の広告費」を発表しています。Webマーケティングに関わる人なら、このデータから様々な知見が得られるでしょう。電通の発表について原文は「2019年 日本の広告費」で確認できます。
インターネット広告費の内訳
インターネット広告費は今年を合わせて6年連続の二ケタ成長となりました。消費者の態度、価値観の変化に加え、インターネットを起点としたプロモーションを支援するツール、サービスが普及してきたことが要因と考えられます。
インターネット広告費の内訳を見ると、媒体出稿費が1兆6,630億円、広告制作費が3,354億円、物販系ECプラットフォーム広告費が1,064億円となっています。総広告投資の16%が広告制作費に使われていることは少し以外に感じました。まだまだテレビCMのように多額の制作費をかけ、高品質なクリエイティブを作る例は少ないからです。レスポンシブディスプレイ広告のようにデザイナーでなくてもディスプレイ広告を出稿し、高い費用対効果を実現できる機能も増えています。
想像よりも制作費が多い要因としては、動画広告の増加と、広告キャンペーンの多様化の影響が考えられます。サイバーエージェントの調査によると、2019年の動画広告市場は前年比141%となり、2,592億円に達するといわれています。インターネット広告費の主流はリスティング広告等のテキスト広告と、ディスプレイ(バナー)広告ですが、動画クリエイティブの作成にはこれらよりも多くの費用がかかります。
また、Google広告やFacebook広告などの主要媒体に加え、無数のDSP広告で自動化の波が来ています。少ないコストで多くの広告キャンペーンを展開し、より多くのPDCAサイクルを回すことができるようになったため、広告制作費の割合が高く出ていると考えられます。
また、マス四媒体由来のデジタル広告費も注目を集めています。新聞デジタル(146億円:110.6%増)、雑誌デジタル(405億円: 120.2%増)、ラジオデジタル(10億円:125.0%)、テレビメディアデジタル(154億円:146.7%)といずれも高い成長率となっています。
新聞デジタルについては紙媒体で培ったコンテンツの信頼性、リーチ力から、ブランドセーフティを重視する広告主に選ばれているようです。新聞コンテンツもサブスクリプションモデルを採用し、比較的安価になってきたことも要因でしょう。
雑誌について、紙の出版物については15年連続のマイナスですが、紙と電子両方の出版ではほぼ横ばいとなっています。各雑誌がSNSアカウントを解説する動きも増え、インターネット上で新たなファンを獲得することに成功しています。また、美容・ファッション系雑誌では、読者モデルをインフルエンサーとしてSNSと合わせたタイアップ広告の事例も増えています。
ラジオもデジタルシフトにより広告体験の改革がおこっているようです。パソコンやスマートフォンでラジオが聞ける「radiko」はターゲティング可能なラジオCM「radikoオーディオアド」をスタートしました。これまでマス媒体にはターゲティングという概念がなかったのですが、インターネットを通じてサービスを提供することで、視聴者の年齢性別などに応じて配信するラジオCMを動的に差し替えることができるようになりました。インターネット広告最大の強みは莫大な行動データによるターゲティングです。マス媒体の広告にターゲティングの考えが入ることで、広告の有効性が飛躍的に向上すると考えられます。
テレビメディアデジタルは2018年に出稿額が100億円を超えてから飛躍的に伸びています。最大の強みはテレビ番組という圧倒的なコンテンツ力です。「TVer(ティーバー)」のようにインターネット上で地上波テレビ番組を見ることができるようになりました。さらにスポーツ観戦などはインターネットを通じた視聴が主流になりそうな兆しもあります。
総じてマス四媒体由来のデジタル広告の今後には期待できます。マス媒体最大の強みはコンテンツ力です。マス媒体を超えるコンテンツ力を持ったインターネットメディアはいまだ存在しないといっていいかもしれません。そのマス媒体にターゲティングの考え方が導入されると、プロモーション手法の戦力図も大きく変わるかもしれません。
根強い影響力を持ったプロモーションメディア
マスコミ四媒体の広告投資額が減少しデジタルに流れる中、プロモーションメディアにも変化がみられます。プロモーションメディアの広告投資額の内訳は下記のようになっています。
- 屋外広告 3,219億円(前年比100.6%)
- 交通広告 2,062億円(前年比101.8%)
- 折込 3,559億円(前年比91.0%)
- DM 3,642億円(前年比99.0%)
- フリーペーパー・電話帳 2,110億円(前年比92.3%)
- POP 1,970億円(前年比98.5%)
- 展示・映像ほか 3,874億円(前年比108.0%)
- イベント 1,803億円
折込やフリーペーパーは減少していますが、他の項目についてはほぼ横ばい、展示会等のプロモーションに至っては108%に増加しています。デジタルシフトが進む中、屋外広告をはじめとするリアルな接触ポイントの重要性が高まっています。
屋外広告、交通広告についてはデジタルサイネージ、屋外ビジョンへのシフトが進んでいます。交通広告のうち、電車内の紙媒体(中づり、まど上、ドア横、駅ばり等)は落ち込み、その分デジタルサイネージが増加しました。
また、2019年に入り、「ダイナミック・デジタルOOH」がさらに注目を集めています。「OOH」はいわゆる屋外広告、交通広告の総称ですが、センサーやカメラ、やプログラムを通じて広告体験を高めるものです。
例えばこちらの動画はダイナミック・デジタルOOHの事例の一つで、スウェーデンで行われた健康促進キャンペーンです。デジタルサイネージにカメラが組み込まれており、画像認識などの技術により、タバコを吸っている人が近づくとディスプレイに移る男性が煙たそうにせき込みます。
こちらも画像認識技術を活用したダイナミック・デジタルOOHの事例で、「人工知能型OOH広告」と呼ばれています。センサーによって通行量や広告を見た人の人数、性別などを計測するだけでなく、ユーザーン反応ごとに広告表示を切り替えるという試みも実施されました。
これまで、こうした屋外広告は効果測定が不可能でしたが、「人工知能型OOH広告」により広告に接触した総数である「インプレッション」、広告に対する反応「エンゲージメント」、1人当たりの広告接触回数「フリークエンシー」など、インターネット広告にしかなかった効果計測の概念が登場しました。
この動画の中では、AIが年齢や性別を認識し、その人の視線の動きからおすすめの商品を紹介するという、非常にインタラクティブなものになっています。
ダイナミック・デジタルOOHの領域はまだ実証実験段階で、広く普及しているわけではありません。AIによるプログラミングやインタラクティブなクリエイティブ制作など、まだまだ課題は多くあります。しかし今後、支援するサービスが充実すれば大きく広がる可能性があります。
まとめ
今回は電通が発表した2019年 日本の広告費のデータを紹介するとともに、広告業界について少し考察してみました。
率直な感想としては、想像よりもデジタルシフトが緩やかだと感じています。例えば、ダイナミック・デジタルOOHであれば実証実験がいろいろと話題になっていたのは2018年頃の話で、2019年は徐々に広がり始めるとの見方もありましたが、まだ広がり始めている様子はありません。
また、マスコミ四媒体のデジタルシフトについても、まだ広告システムはインターネット以前のままの状態が多く、インターネットに繋がった利点を十分に活かせていないように感じます。
個人的な予測としては、今後数年間はインターネット広告の二ケタ成長が続き、その後はインターネットと繋がりターゲティングや効果計測が可能なマス媒体、屋外広告等の出稿費率が増えてくると思います。
また。2025年頃に向けて、5Gを活用した新しい広告手法が次々誕生することも期待できます。単純な動画閲覧であれば4Gでも十分快適ですが、VRやAR、数百人の年齢性別等を瞬時に識別するデジタルサイネージなどは5Gの影響が大きいため、こうした媒体での広告手法が充実することが考えられます。
2019年 日本の広告費は新しい項目が追加されるなど、2018年の発表と比較してもいろいろな知見が得られます。Webマーケターはぜひ一度目を通して、自身の広告戦略に活かせないか考えてみてはいかがでしょうか。